埼高教青年部「04春の学習交流集会」
2004年6月19日
「この目で見た真実のイラク!!」
講演:安田純平さん(フリージャーナリスト)
 
 6月19日・20日に別所沼会館(さいたま市)で「春の学習交流集会」が開催されました。初日はイラクで拘束されていた安田純平さんを招いての講演会が行われ、会場は約70名の人たちで埋まりました。
 
 
 
 
○ファルージャで起きたこと
 3月31日、ファルージャでアメリカの民間人4人が焼き殺されて吊されたという事件がありました。民間人といっても彼らは警備会社の傭兵で、戦争の民営化の一環だったんです。その正体がばれて殺されたわけで。それがきっかけで米軍はファルージャを包囲し、1週間で子ども・女性・老人など七百人近くが殺されたとニュースが流され虐殺だという見方がされた。そうした中で発生したのが高遠さんら3人の人質事件でした。
○私を拘束したイラクの人たち
 私たちを拘束したのは農民たちでした。拘束された場所は子どもがいるような生活の場だったんです。子どものいる場では処刑はないだろうと思いました。拉致は彼らにとってはいわゆる自治会活動だったんですよ。米軍と地域の戦争だったんで、怪しい人間がいれば捕まえるわけ。怪しくないとなれば解放する一定のルールがあった。「怪しい外国人拘束強化月間」みたいなもんです。そこには家主のおじさんと3歳くらいの子どもがいて、それで覆面の仕方を教えてもらったりなんかして。これなら一ヶ月くらいいてもいいかなと。それでぜひ働かせてくれとお願いなんかして。世界ウルルン滞在記みたいな感じでしたよ。(笑)
 
○「ヒロシマ・ナガサキを経験している日本がなぜアメリカを支援するんだ!」
 ところが、2日目の晩に別のグループに引き渡された。それが米軍を襲撃している武装グループだった。米軍によるアブグレイブでの虐待がありましたよね。あれは何をやっていたかといえば、米軍はスパイづくりをしていたと私は思うんです。イラク人を虐待して精神的に破壊した上でお前スパイになれと。そうして米軍のスパイとしてイラク人の仲間の中へ帰す。米軍の一部の軍人の気分であれだけの虐待をするわけがない。実際にイスラエルなんかではよくやってるんです。それで私たちもスパイ容疑をかけられたわけ。お前はFBIか?と。その時はカラシニコフの安全装置がはずれていたんですね。これはかなりやばいなと思いました。
 それで尋問がはじまったんです。名前、年齢、なぜイラクに来たのか、これまで何をしていたのかと。それらをメモしてあとはボスが決める、ということになった。それでボスが検討している間に青年のイラク人が話しをしてきたんです。「ヒロシマ・ナガサキの経験をしている日本がなぜアメリカの支援をするんだ」と。私は、日本もあの第2次大戦でアメリカに占領され、その後も米軍基地が日本中にあって占領に近い状態にあると。それで日本でもそういう状態から自立しなければいけないんだという人がたくさんいて、すべての日本人がこの戦争を支持しているんではないんだと。そしたら彼は「すべての日本人がアメリカを支持しているのでないのであれば、なんで日本政府はアメリカを支援するのか」というんです。私は、日本では選挙があってその中で政権をとっているのが今の政府なんだと。そして半分くらいの人しか投票に行かないんだと。しかもその何割かが今の政権を支持しているだけなんだと。そしたら彼は「何でみんな投票しないんだ」と聞いてくる。私は、日本人の多くは政治に興味ないんだと答えました。これは民主主義の問題というよりも社会の問題なんですよね。選挙に行かないとか、社会に関心がないとか。ナチスドイツも選挙で成立しましたからね。
 
○丸腰であるということが、もっとも大きな武器
 なぜ、私たちは解放されたのかということですが、まず銃を持っていなかったということ。よく何で警備員を連れていかなかったんだとか武装しないで行くのは無謀とかいう人がいますが武装してイラクへ入れば百パーセント殺される。警備員を連れてもカラシニコフを持った十人くらいに包囲されれば何人の警備員がいればいいのか、ということになりますよね。連中は米軍と戦っていますからカラシニコフでは倒せないとなれば次はロケットランチャーを持ってくるわけです。丸腰であるということがもっとも大きな武器なんですよ。
 
○イラク人の親日感情
 もう一つ解放された大きな理由は、彼らは非常に親日感情が強くてですね、日本政府が自衛隊を送ったことはすごく非難してますが、その一方で日本に対してはすごく興味があって俺の車はトヨタだとか言うわけ。そしてヒロシマ・ナガサキは、反米教育の一環であれほどアメリカからひどい目に逢ったのにあそこまで復興した国であると。そういった親日感情という大きな遺産がある中で、その遺産を食いつぶしているわけです。日本の外交は変わってしまったので、この先親日感情はなくなってしまうかもしれませんよね。非常にもったいないことです。
 
 
安田純平さん講演の感想
 
■おもしろい話しでした。今後、安田さんのイラク報道を新聞や雑誌で読めることを期待します。できれば米軍が撤退し、イラクが独立する記事が書けるといいですね。
■イラクの政治家でも役人でもなく、普通の人々との交流を重ねられた安田さんのお話は貴重でした。親日感情にしても、民間の人々がつくったものだ、ということは考えさせられました。何でも国のすることが第一ではなく、民間には国にはできないことをする、という視点は必要と感じました。しかし、大企業中心の新自由主義が横行する中、現状は厳しそうです。安田さんの話で「自分は何をすればよいのか」という問いかけがありました。やはり、国を批判することも大事だけれど、自分として取り組めることは、学校で取り組みたいです。
■この春「君が代」問題でゆれた都立高校を卒業した娘がどうしても聞きたいと言い、その声に押されて参加しました。今、若者たちはもしかしたら自分の身にふりかかるかもしれない戦争を真剣に考えています。今、平和のために何ができるか、「教え子を再び戦場に送らない」ため、「我が子を戦場に立たせない」ため、教基法の改悪そして憲法の改悪を阻止しなければならない!!
■イラクでの農民の人々のはなしを聞くと、本当にフレンドリーでとても人間味にあふれていることがわかる。しかしメディアが報じるイラク人は、イラク人=テロリストであり、イラク人=わけがわからない人種である。しかし本当にテロリストといえるのはアメリカなのではないだろうか。勝手な正義をうち立て、ビザもなしにイラクへ乗り込む。イラクの人々にとってはきっとアメリカこそがテロリストだろう。自衛隊派遣についても、なぜ銃をもった人々がイラクへ行くのだろう?NGOなど銃をもたない、イラクの人々と対等な人々が行くべきではないだろうか。危ないといっても、その状況をつくったのがアメリカなのだ。もう少しイラクの人々の目線に立たなければと思った。
■イラクの多国籍軍参加が国会で、半日で決められてしまうという状況に大変な危機感を持っています。小泉がヒトラーにたぶって見えます。このような中、安田さんの講演は大変有意義でタイムリーな企画だと青年部に感謝しています。聞いたことを職場や生徒に伝えることが、今の私にできることだと思っています。お疲れ様でした。
■解放されて帰国後、すぐにテレビに出て勇気ある発言をされたこと、しっかりした人だなあと印象的でした。今日は娘と来ました。「テロリスト」とか「人質」ということばでひとくくりにすることが、人を思考停止状態にし、感情論に走らせてしまう。物事を分析的にみる目、力を失ってはダメという話し、本当にそうだなあと思いました。
■私は26歳の息子を持つ母親です。安田さんのお話をぜひ伺いたいと思い、所沢から参りました。武装グループに拘束され、その最中に冷静さを失わずにいらした安田さんにビックリしました。お話はとても興味深く聞かせていただき、アッという間の時間でした。質問に答えて下さっていた安田さんの中に、物事をどうとらえ、ご自分がどう動いていらしたかがよくわかりました。「先のことを考えてもしようがない。30歳の今、最高の経験をしたい。食べていくことはできる」と言える安田さん、素晴らしいと思いました。私自身も自分の目でしっかりと現実をみられるよう、今後少しずつでも努力したいと思います。そして、今、自分のやっていることを今後もがんばっていきたいと思います。
■安田純平氏の講演は楽しみにしていた以上の深さがありました。今回のイラク戦争に対しての「日本市民としての責任」は重く心に残りました。障害児教育にどっぷりつかっている今日ですが、平和のために自分が何ができるか、考えさせられました。安田さんの人間味あふれるお話、ありがとうございました。
■教科書に書いてあること、先生のいうことを疑いもなく信じる人間でした。埼高教に入り、物事には背景があること、広い視野で見なければならないことを少し学びました。同じ年代でありながら、いつも物事を冷静に判断できる安田さんを尊敬します。イラク戦争に参加している日本人の一人として何ができるか、“平和”とは何なのか、正直まで答えは見つからないでいますが、自分の周りの人や目の前にいる子どもたちがいつも笑顔でいられるようにしていきたいなあと感じました。