あけましておめでとうございます
金子勝さん(慶応義塾大学教授)新春インタビュー
大きな歴史の転換のとき
         人として誇りを持って生きる道を

 福田首相は、14年ぶりの越年国会再延長という異常な事態をつくりだし、アメリカに追随し自衛隊を再びインド洋へ派兵しようとしています。一方では、日本の子どもたちは将来への夢や希望を持ちづらい状況に置かれています。そのような日本の現状をどうとらえ、私たち教職員組合はどんな展望を持っていくことが必要でしょうか。
 新年にあたり、テレビなどで政治や経済問題に対してするどく発言している慶応義塾大学の金子勝さんに、畑井書記長がインタビューしました。

 金子勝さんプロフィール
慶應義塾大学経済学部教授。著書は、『金子勝の食から立て直す旅』(岩波書店)、『金子勝の仕事道!』(岩波書店)
『戦後の終わり』(筑摩書房)、『2050年のわたしから』(講談社)など多数。

―参議院選挙での自公の大敗、安倍内閣の退陣、インド洋からの自衛隊の撤退などの今の政治状況をどうみていますか

金子 勝さん 金子―日本の新聞ではどこも報道してないですが、外国の報道ではブッシュ政権に対する国際的な包囲網はすごい。ブッシュは完全に国内外で浮いた状態です。
 米軍のジョンアビザイド元最高司令官がイランの空爆計画を批判するような発言を繰り返えしていますし、サンチェス元将軍もイラクは「終わりの見えない悪夢」だと厳しい批判をしたり、現役の将軍たちもイラン空爆計画に対して批判的だといわれている。CIAも、イランは2003年時点で核兵器開発を辞めていたという報告書を出した。アメリカのイラン攻撃の根拠が破綻するということが、CIAの内部から起こっている。政権内部の軍も諜報機関も、ブッシュ・ネオコングループがこの先イランなんか攻撃したら大変なことになると、その暴走を止めにかかっている。恐らくイラン空爆計画が実行できない状況になりつつある。
ブッシュと日本は時代遅れ
 インドネシア・バリ島でのCOP13(国連気候変動枠組み条約第13回締約国会議)でも、ブッシュ政権は数値目標を入れないように動いてこれを日本が支援をしている。カナダのハーパー政権がこれに味方をしてCOP13が中身のない会議になってしまった。オーストラリアでブッシュの子犬だったハワード政権が倒れて、労働党のケビン・ラッドが政権についた。中国でさえブッシュの動きを牽制するというような発言を繰り返している。
 日本が行っている環境問題での国際的な評価は非常に悪くなっている。ジャーマン・ウオッチによればNGOの環境政策で日本は42位になっており、環境後進国だ。
 はっきり言ってなんでテロ対策特別措置法のために国会を延長するのか非常に奇妙です。全然意味がない。国際的にはもう「給油」を停止しているわけですが問題にもなっていない。その法律のために必死に国会を延長しようとする姿は「朝貢外交」です。アメリカの大統領は将軍様で、日本はただそれに貢ぐという「思考停止」外交です。  ブッシュ政権と心中する日本は、完全に国際的な政治や経済の流れから取り残されつつある。

―1990年代から、世界の市場経済の中で勝ち抜くための「国際競争力」という政財界の大合唱で、「リストラ」、雇用破壊、賃下げ、長時間労働が行われてきました。小泉さんは国民に苦しみの後にいつか幸せが来るといって「構造改革―規制緩和」を行いました。いったい「構造改革」とは何だったんですか。

「構造改革」=日本全国カルロスゴーン状態
金子―「構造改革」は何だったかというと、まず「構造改革」によって景気回復したというのは嘘。それは日銀の超低金利で円安を誘導したことにより、日本から資金がどんどん逃げ、ドルを買って円を売るので円安になる。その結果、輸出増で「景気回復」した。これは田中角栄以来やってきたことです。「構造改革」は、労賃を安くしたり、雇用を破壊することで、輸出に貢献する一方で、輸出で回復した後の内需に転化する経路を失なわせたんです。これまで日本経済は輸出でのびてそれを内需で転化してきた。税金で吸い上げて、地方に配分して、それが内需に波及する。もう一つは企業自身が雇用を増やしたり賃金を上げたりして内需が盛り上がってくる。こうした経路を全く無くしたのが「構造改革」です。
 「構造改革」が経済を回復させたというのは、2重の意味で嘘。1つは単なる日銀の超低金利による円安誘導での輸出で、大企業だけが潤った。もう1つは大企業減税や金持ち減税をやる一方で、どんどん歳出削減だけを続けているので、内需に転化しない。はっきり言うと日本全国「カルロスゴーン状態」になった。いわゆるコストカッターで当面当座の景気回復、目先の景気回復を追求するだけのものが実は構造改革で、未来のことなんか何も考えていない。市場原理主義っていうのは、頭の悪い奴が飛びつく。市場にまかせれば全てうまくいくわけですから、神様に頼んでいるのと同じで何も考えていない。思考能力の低い奴が中心にいるわけです。

―昨年12月15日に47教育基本法が「改正」されて、国による「教育支配」、教育への「競争原理」の導入がなされていますが、その点についてはどうでしょう。

畑井書記長
「国際競争力」をつけるには、教育予算を増やすこと
金子―「国際競争力」について言えば、財界は本気で世界で競争するつもりはないとしか思えない。本当の意味で国際競争力を考えるなら、どの国も教育予算をかなり増やしています。なぜかっていうと、中国や韓国とコスト競争をやっていくと、中国の労賃まで下がり続けないといけない。それはむずかしい。するとより付加価値の高いものを創造していかないといけない。それを創り出す人間が一番のインフラなわけです。ところが日本にそういう戦略は全くない。教育再生会議は「日の丸」とか「君が代」とか、それで国際競争力がつくなら逆立ちして歩いてもいいくらいですから笑っちゃいますよ。
 ゆとり教育か、詰め込み教育かっていう議論もあまり意味がない。いじめを無くすのは簡単。教員の一人当たりの生徒の数を半分にして、複数担任制にすればいい。そうして一人ひとり丁寧に見れば、いじめも無くせるし、学力も向上する。そのためには教育予算をもっと上げなければいけない。ブレアは毎年2%ずつ教育予算を増加して、サッチャーが荒廃させた教育崩壊をなんとかしようとしているが、それでも建て直しまでいってない状態。そういうことをやらなければいけないのにあらゆる意味で日本は、どんどん後退をしている。教育への支出も低くくなっているし、その結末が結局、国際学力調査で表れた。これは未来の足枷になっていく。
 学力が下がったのは、ゆとり教育のせいにしているが違う。問題は教育の中身です。詰め込みじゃなくて、考えさせなくちゃいけない。そういう教育ってすごくコストがかかる。大学の入試を、考える能力で評価しようとしたら、膨大な人員と日数とコストがかかる。そういうことを抜きにして日本の国際競争力はあがらない。本気で国際競争をしなさいと言いたい。

―日本の子どもたちは勉強意欲、将来への希望、などはOECDの中で最低です。なぜ子どもたちは「しらけて」いるのでしょうか。

多様性を生かす社会を
金子―今の日本は新しい社会を構想する原理を見つけられていないんですよ。例えば、格差に対して、最低限が保障されて複数の価値や複数の競争のある社会、そういう多様性のある社会が平等な社会なんです。他人の人生と自分の人生は比較できないですから。そういう社会を一から考え直していくことが必要です。
 高校の「困難校」なんかでは、学校をやめるのをどう防げばいいかというような状態。子どもがどうやって生きていけるかと考えたときに、未来があるなんて平気で言えない。暗澹たる気持ちなる。そこで勉強なんてやめていいよとも言えないし。どういう知識を身に付けることが、良い生き方なのかということが説明できなくなっている。  昔なら暴走族ろうが何だろうが、トラックの運ちゃんや美容師など自立する道があった。そういう道が社会の中から排除されている。出口が無いから、個性的に多様なものを持っていても、それを生かす社会になってない。労働市場が破壊されていて生きていく展望がないっていうことです。
人間が尊厳を持って生きるとは
金子―最近『食から立て直す旅』という本を出したんです。中山間地ばかりをまわったんです。中山間地は、最も遅れていると思われている。そこで頑張っている例、生き方のモデルや生きる哲学っていうものを掘り起こしたんです。立身出世で大学出て偉い官僚になったり、経営者になったりとは違うストーリー。今は、人間らしく誇りを持って、尊厳を持って生きていける生き方を説くことができない、現にそう生きている人を見つけることができない、そのことの方が深刻のような気がするんです。
 競争原理主義が悪いことを説いたってしょうがない。悪いことは当たり前なんだから。「だからどうなんだよ」っていうその先が実はよく見えない。
 人間が尊厳を持って生きるとは何か。有機農法で生き残っている人は、みんな土を科学している。自然に戻っているわけではない。ものすごく勉強している。そのために知識をすごく身につけている。微生物活性とか、ミネラルバランスとか。そういう勉強の有り様は、学校の勉強ばかりじゃない。それは生きるための知識。より良く生きていくこのとのため。なぜ勉強しなければいけないかっていうのは、そういうところを見ないとわからないんじゃないでしょうか。
勉強したり知識を得ることがなぜ大事なのかということを、どう理解させていくのかっていう壁を越えることから実践していかないと、親たちの信頼を得られないし、何よりも子どもたちの信頼を得られないと思うんです。複雑な難しい知識があるけど、そういう点数がとれない奴でも、職業を選んだときに必死に学んだり追求したりして生きている。それはある一定の思考力、分析する力がないと成功できない。そういう力を身につけるということ。そうしないと人間の誇りを持って生きてはいけない。

―教職員組合運動に期待することは何ですか

金子―組合っていうのは、もともと職業的な地位や雇用を守っていくもの。しかし教員組合っていうのは、教育の価値っていうのはお金の価値ではないんだっていうのをわからせる実践的なことを担っていかなきゃいけない。
 僕らは、中学校や高校の時のある先生に巡り合ってそれが人生に与える影響って結構大きかった。そういうところに、先生になりたいっていう動機がみんな程度の差はあれ、あったと思うんです。教師が、若い思春期にある生徒に知らないうちに動機を与えている。今救われないような社会の中で、多くの若い人たちが沈没してしまうような社会で、そこで何か学校で教育を受けた知識や感動体験が、どこかで支えている。その何かをどう与えたらいいのかという当たり前なことからやらないと、この社会は立ち直れない。
生きる知恵として知識をどう伝えていけるか
金子―新しい時代が生まれる前に、古い考え方は絶えず新しい時代を押さえようとする。しばらくこういう状況は続くでしょうが、新しい価値はそういう中から生まれていくんです。
 どこにどういう新しい価値が生まれてくるかは、知性や感情がないと見つけられない。とくに大きな歴史の流れをつかんでおかないと、ただただ流されていくだけだ。
 学生にはこう言っています。「俺らは地図も無く、ヘッドライトを点けず東京から新潟へ行こうとすると疲れるだろう」と。「地図とヘッドライトがあれば、とりあえずどこら辺にいるかが分かって疲れないで済むだろう」と。  分かりやすく、生き方や生きる知恵として知識をどう伝えていけるかということを、教員自身がそういうところまで降りなければいけない。学ぶことの意味を説明することができるかどうかです。